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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4881号 判決

主文

一  被告らは、各自原告に対し、被告共栄ビーエル建設株式会社及び被告佐山道治においては金一一五一万五八〇〇円、被告有限会社佐山製作所においては金一五五二万二五〇円及びそれぞれ右各金員に対する昭和六二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金三七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (建物等の所有関係)

原告は、昭和六〇年六月二四日当時、別紙物件目録(一)記載の建物(以下、「本件建物」という。)及び同目録(三)記載の建物(以下、「本件類焼建物」という。)並びに本件類焼建物内に存在した同目録(四)一ないし七〇記載の各動産を所有し、米盛南海男(以下「米盛」という。)は、同建物内に存在した同目録(四)七一ないし一三五記載の各動産を所有し、原告ないし米盛は、本件建物内に存在した同目録(四)一三六ないし一四八記載の各動産を所有していた。

2  (賃貸借関係)

原告は、昭和五九年七月一日、被告共栄ビーエル建設株式会社(なお、当時の商号は共栄ブロック株式会社であった。以下、「被告共栄」という。)に対し、本件建物の一部である同目録(二)記載の建物部分(以下、「本件賃貸建物」という。)を、賃料を一か月金七万円、期間を同日から昭和六〇年三月三一日までの九か月間と定めて賃貸した(以下、この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

そして、被告共栄は、そのころ、本件賃貸建物を、原告の承諾を得て被告佐山製作所(以下、「被告製作所」という。)及び同社の取締役をしていた被告佐山道治(以下、「被告佐山」という。)に転貸した。

なお、被告製作所は、椅子の製作及び販売を業とする会社であり、同社の作業場として使用するために本件賃貸建物を転借したものである。

3  (火災の発生)

昭和六〇年六月二四日午後六時過ぎころ、本件賃貸建物の一部である本件建物の一階廊下(別紙図面でCと記載された部分)西側窓下の部分から火を発し(以下、この火災を「本件火災」という。)、本件建物及び本件類焼建物が焼失し、右各建物内に存在した同目録(四)記載の各動産も焼失した。

4  (被告らの債務不履行責任)

被告らは、原告に対し、被告共栄は賃借人として、被告佐山及び被告製作所は適法な転借人として、いずれも本件賃貸建物を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負担していたところ、前記のとおりの本件賃貸建物の焼失により被告らの本件賃貸建物の返還は不可能になったのであるから、被告らは、原告に対して、右返還義務の履行不能に基づく原告の損害を賠償する責任がある。

5  (被告佐山及び被告製作所の不法行為責任)

(一) 本件火災は、次のとおり、被告佐山の火の不始末がその原因となって発生したものであるが、右被告佐山の過失は失火責任法上の重過失に該当するものであるから、被告佐山は、原告及び米盛に対し、不法行為による損害賠償責任を負担し、同人らが被った後記のとおりの各損害を賠償する責任を負うというべきである。

すなわち、被告佐山は、被告製作所の取締役兼家具製造職人として、本件賃貸建物において、椅子やソファーなどの張替作業等に従事していたところ、同建物内にはラッカー、アルコール、シンナー、ミシン油などの危険物が貯蔵されていて、しかも、これらの危険物をソファーなどの張替用の糊として作業中絶えず使用する状況にあり、また、作業所内には運搬の際に家具が痛まないようにするため使用する多量の毛布や布団などが散在していたうえ、椅子やソファー製作用の可燃性の高い多量の材料も散在していたのであって、作業所内で作業中にタバコを吸えば、タバコの火がその周辺の可燃物に落下し、これらに引火して容易に出火するおそれがあったのであるから、このような場合には、作業所内での喫煙を避け、別に喫煙所を設けるなどして火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、作業中に漫然とタバコを吸い、その火を床の上に重ねてあった布団に落としたのに気がつかず、長時間無煙燃焼を継続させたうえこれを燃え上がらせて火を失したのであり、その過失の程度は失火責任法上の重過失に該当するというべきである。

(二)(1) 本件建物等の焼失は、被告佐山の作業中の重過失によるものであるから、被告佐山の使用者である被告製作所は、民法七一五条の使用者責任を負担し、原告及び米盛が被った後記各損害を賠償する責任を負うというべきである。

(2) 仮に、タバコを漫然と吸い、その火を床の上に重ねてあった布団に落としたのに気がつかず、長時間無煙燃焼を継続させたうえこれを燃え上がらせて火を失したのが被告佐山であるとは断定しえないとしても、少なくとも被告佐山又は被告製作所の従業員である川島善四郎(以下、「川島」という。)のいずれかが右のようにして火を失したものと認めることができ、右過失の程度は失火責任法上の重過失に該当するというべきである。

そして、本件建物等の焼失が被告佐山又は川島のいずれの作業中の重過失によるものであるかが判明しないとしても、被告佐山及び川島の使用者である被告製作所は、いずれにしても民法七一五条の使用者責任を負担するというべきである。

6  (損害賠償の範囲)

被告らの右損害賠償責任の範囲は、本件賃貸建物が焼失したことによって原告が被った損害のみならず、本件賃貸建物部分以外の部分をも含む本件建物全体及び本件類焼建物が焼失したことによって原告が被った損害をも含むものというべきである。なぜなら、本件建物の本件賃貸建物以外の部分は、構造上右賃貸建物部分と一体をなしており、また、本件類焼建物も、本件建物とは別個の建物であるが、その構造や位置関係からしてこれと構造上不可分か少なくともこれと同視すべき状況にあるのであって、しかも、被告らは、本件賃貸部分から火を出せば右各建物を焼失するであろうことを認識していたか少なくとも容易に認識しうる状況にあったからである。

したがって、被告らは、原告に対し、原告が被った後記のとおりの各損害を賠償する義務を負うというべきである。

7  (損害)

(一) 原告が被った損害

(1) 本件建物焼失による損害

〈1〉 本件建物は共同住宅であって、原告は、本件建物が焼失した当時はこれを他に賃貸して月額金一一万円の賃料収入を得ていたのであり、本件建物が焼失しなければ、右建物の残存期間である三〇年間は少なくとも右月額金一一万円の賃料収入を得ていたはずであるから、右原告の得べかりし賃料の喪失をもって本件建物焼失による損害というべきである。

これにしたがって原告が将来取得すべき賃料総額を計算すると、金三九六〇万円(月額一一万円×一二か月×三〇年)となり、これから別表1のとおり中間利息分金二三七六万円を差し引くと原告が被った現在損害額は金一五八四万円となる。

〈2〉 仮に、右主張が認められないとしても、本件建物を焼失当時の現状に復元するためには、建築工事費として金八五三万七五六〇円を要するから、これをもって本件建物焼失による損害というべきである。

〈3〉 更に、右主張が認められないとしても、本件建物の時価である金一五六万六〇〇〇円をもって本件建物焼失による損害というべきである。

(2) 本件類焼建物焼失による損害

〈1〉 原告は、本件建物が焼失した当時、本件類焼建物の一階店舗部分においてカメラのフィルムなどの販売等の営業を行って、月額金一五万円くらいの収入を得ていたのであり、本件類焼建物が焼失しなければ、右建物の残存期間である二六年間は少なくとも右月額金一五万円の収入を得ていたはずであるから、まず、右原告の得べかりし収入の喪失が本件類焼建物焼失による損害となるというべきである。

これにしたがって原告が将来取得すべき収入総額を計算すると、金四六八〇万円(月額一五万円×一二か月×二六年)となり、これから別表2のとおり中間利息分金二六四五万二一七四円を差し引くと原告が被った現在損害額は金二〇三四万七八二六円となる。

〈2〉 また、これに加えて、原告は、本件類焼建物が焼失したことによって、次のとおりの損害をも被ったというべきである。

(a) 原告は、本件類焼建物を自宅としても使用していたのであって、本件類焼建物が焼失しなければ、原告の平均余命である一六・二五年間は少なくとも右建物を自宅として使用できたはずであるから、右原告の用益による得べかりし利益の喪失が本件類焼建物焼失による損害となるというべきである。

そして、本件類焼建物の賃料相当額を月額金八万五〇〇〇円と見て原告の得べかりし利益の総額を計算すると、金一六五七万五〇〇〇円(月額八万五〇〇〇円×一二か月×一六・二五年)となり、これから別表3のとおり中間利息分金七四三万一七三円を差し引くと原告が被った現在損害額は金九一四万四八二七円となる。

(b) 仮に、右主張が認められないとしても、本件類焼建物を焼失当時の現状に復元するためには、建築工事費として金一一五一万三一〇円を要するから、これをもって本件建物類焼焼失による損害というべきである。

(c) 更に、右主張が認められないとしても、本件類焼建物の時価である金一四四万三〇〇〇円をもって本件類焼建物焼失による損害というべきである。

(3) 本件類焼建物内に存在した動産の焼失による損害

本件類焼建物内に存在した別紙物件目録(四)一ないし七〇記載の各動産と同程度の新品の動産を現在調達するには金一六〇三万五〇〇〇円を要するから、これをもって本件類焼建物内に存在した動産の焼失による損害というべきである。

(4) 慰謝料

本件建物は、昭和三八年四月三〇日に原告が西効庵というそば屋の身代を借財と共に引き継ぎ、辛苦のうちにやっとのことで建築したものであって、これが一夕にして焼失してしまったことによって原告が被った精神的損害は量り知れず、これを慰謝するには少なくとも金一五〇万円を必要とする。

また、本件類焼建物は、原告が住居として使用していたものであって、本人にとっては由緒深いものであったから、これが一夕にして焼失してしまったことによって原告が被った精神的損害は量り知れず、これを慰謝するには少なくとも金一五〇万円を必要とする。

(二) 米盛が被った損害

(1) 本件類焼建物内に存在した動産の焼失による損害

本件類焼建物内に存在した別紙物件目録(四)七一ないし一三五記載の各動産と同程度の新品の動産を現在調達するには金七三〇万一五〇〇円を要するから、これをもって本件類焼建物内に存在した動産の焼失による損害というべきである。

(2) 慰謝料

米盛は、妻子を抱えながら、本件火災によって焼け出され、家財を失ったのみならず、爾来無一物という不自由な生活を強いられることになったのであって、これによって米盛が被った精神的損害は量り知れず、これを慰謝するには少なくとも金二〇〇万円を必要とする。

(三) 原告ないし米盛が被った損害-本件建物内に存在した動産の焼失による損害

本件建物内に存在した別紙物件目録(四)一三六ないし一四八記載の各動産と同程度の新品の動産を現在調達するには金七八万六〇〇〇円を要するから、これをもって本件建物内に存在した動産の焼失による損害というべきである。

8(債権譲渡)

米盛は、昭和六三年五月二七日ころ、原告に対し、被告佐山及び被告製作所に対する損害賠償請求権を譲渡した。

よって、原告は、被告ら各自に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記各損害のうち金三七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実のうち、原告が本件建物及び本件類焼建物を所有していたことは認め、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、昭和六〇年六月二四日午後六時過ぎころに本件火災が発生し、これによって本件建物及び本件類焼建物が焼失したことは認め、その余の事実は否認する。

4  同4の事実、すなわち、被告らが原告に対して本件賃貸建物を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負担していること及び本件賃貸建物の焼失により被告らの本件賃貸建物の返還は不可能になったことは認めるが、被告らが原告に対して右返還義務の履行不能に基づく原告の損害を賠償する責任があるとの主張は争う。

5  同5の事実はいずれも否認し、あるいは争う。

被告佐山及び川島は、後記のとおり本件賃貸建物内における火気の管理には十分気をつけていたものであって、仮にタバコの火が本件火災の原因であったとするならば、原告が主張するように作業中に漫然とタバコを吸い、その火を床の上に重ねてあった布団に落としたのに気がつかなかったとは到底考えられず、タバコが他から投げ込まれたとしか考えることができない。

6  同6の事実はいずれも否認し、あるいは争う。

仮に、被告らが損害賠償責任を負担するとしても、その責任の範囲は、本件建物全体が焼失したことによって原告が被った損害に限られるというべきであって、本件類焼建物が焼失したことによる損害までは含まないと解すべきである。

7  同7の事実はいずれも否認し、あるいは争う。

なお、本件建物はその法定の耐用年数を既に経過しているし、原告は、被告製作所らの賃貸借が終了した後にはこれを建て直す予定であった。

8  同8の事実は否認する。

三  抗弁

1  帰責事由の不存在(請求原因4に対し)

(一) 本件火災は、本件賃貸建物の別紙図面でCと記載された部分から出火したが、この場所は全く火の気のないところであるから、その原因が明らかでなく、不審火による火災というべきである。

(二) そして、被告製作所及び被告佐山は、業務上椅子に張るラバーその他の素材に可燃性のある材質を使用するので、従来から火気には十分に気を配っており、作業場及びその付近での火の使用は一切禁止していた。

すなわち、被告製作所は、本件賃貸建物のうち右図面でA及びBと記載された各部分を作業場として使用していたが、作業場においては冬でも暖房器具を置かず、右図面でCと記載された部分にあったガス台をも使用していなかったのであって、被告佐山が喫煙する場合には右図面でDと記載された部分を使用し、また、川島が喫煙する場合には資材等を置いていない右図面でAと記載された部分を使用し、常に水の入ったバケツを傍らに置いていた。

なお、被告製作所は、椅子の製造・販売業を開始して以来一度も作業中に失火を起こしたことはなかった。

(三) 以上の事実によれば、本件火災は原因不明の不審火によるものであるとしか考えられず、被告製作所及び被告佐山は、本件賃貸建物を保管するに当たって善良なる管理者としての注意を怠るところはなかったというべきであるから、被告らには、本件賃貸建物の返還債務の履行不能についての帰責事由は存しないというべきである。

2  選任・監督についての過失の不存在(請求原因4に対し)

被告共栄は、原告の承諾を得て、本件賃貸建物を被告製作所及び被告佐山に転貸したものであるところ、被告共栄には右転借人たる被告製作所及び被告佐山の選任・監督に何らの過失もなかった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認し、あるいは争う。

本件火災は、被告佐山の火の不始末がその原因である。

2  同2の事実は否認し、あるいは争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の事実のうち、原告が昭和六〇年六月二四日当時本件建物及び本件類焼建物を所有していたこと、原告が昭和五九年七月一日に被告共栄に対して本件賃貸建物を賃貸し、椅子の製作及び販売を業としていた被告製作所及び同社の取締役をしていた被告佐山が同社の作業場として使用するために原告の承諾を得て本件賃貸建物を転借したこと、そして、昭和六〇年六月二四日午後六時過ぎころ、本件賃貸建物の一部である本件建物の一階廊下(別紙図面でCと記載された部分)西側窓下の部分から火を発し、本家建物及び本件類焼建物が焼失したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任原因について判断することとするが、原告は、本件火災は被告佐山の火の不始末によって生じたものであり、しかも、被告佐山の過失は失火責任法にいう重過失に相当するものであるから、被告佐山は不法行為責任を負担し、被告製作所はその使用者としての責任を負担すると主張するので、まずこの点について判断する。

1  右争いのない事実並びに〈証拠〉によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(一)  被告製作所は、椅子の製作・販売等を業とする会社であり、被告佐山は、本件火災が起こった昭和六〇年六月二四日当時は同社の取締役であり、本件賃貸建物において、同社の従業員である川島と二人で椅子やソファーなどの張替作業等に従事していた。

(二)  被告製作所が椅子等の製作等を業としていた関係から、その作業場である本件賃貸建物の一階部分には、ラッカー、アルコール、シンナー、ミシン油等の引火性の強い危険物、レザー、スポンジ、布切れ等の燃焼力の強い材料、椅子等を運搬する際に損傷防止用として使用するための毛布、布団等が常時保存されていた。

(三)  被告佐山及び川島は、本件賃貸建物において、仕事の合間に喫煙することがしばしばあったところ、昭和六〇年六月二四日、被告佐山か川島が仕事の合間に吸ったタバコの火種が本件賃貸建物の一階廊下(別紙図面でCと記載された部分)西側窓下の部分に数枚積み重ねて置かれていた毛布及び布団の上に落下したが、これに気がつかずにそのまま放置したため、右毛布等が無煙燃焼を継続し、右同日の午後六時一六分ころになって出火し、本件火災が発生した。

これに対し、証人川島の証言中には、川島は、同図面でCと記載された部分には滅多に行かないし、Aと記載された部分以外では喫煙したことはないとする部分が存し、また、被告佐山本人尋問の結果中にも、被告佐山は、Dと記載された部分以外では喫煙したことはないとする部分が存するのみならず、被告佐山も川島も火気については絶えず気を配っており、喫煙する際にはよく注意をし、後始末もきちんとしていたと供述しているが、右の各供述は〈証拠〉に照らしてたやすく措信することはできず、他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。

また、被告らは、本件火災の原因としてはタバコが他から本件賃貸建物内に投げ込まれたものとしか考えられないと主張している。しかし、〈証拠〉によれば、本件火災発生時には本件賃貸建物内で川島が作業をしていたこと等からして、外部の者がその建物内にタバコを投げ入れるといったことが考え難い状況にあったものと認められるから、右の被告らの主張は根拠のないものといわざるを得ない。

なお、原告は、本件火災は、被告佐山のタバコの火の不始末が原因である旨主張するが、本件火災の原因となったタバコを吸っていたのが被告佐山であるか川島であるかという点については、これを断定するに足る証拠は存しない。

2  右事実によれば、本件賃貸建物内には、引火性の強い危険物、燃焼力の強い材料及び毛布、布団等が常時保存されていたというのであるから、椅子等の張替作業等に従事していた被告佐山及び川島は、右建物内での喫煙に際しては、右危険物に引火することのないように通常人より特に注意し、危険のないように万全の注意を払うべき義務が存するというべきであるところ、本件火災は、被告佐山又は川島のいずれかが吸ったタバコの火種が毛布及び布団の上に落下したにもかかわらず、これに気がつかずにそのまま放置したために発生したもので、被告佐山あるいは川島は、通常人の当然用いるべき注意を著しく欠いたものというべきであり、その注意義務違反の程度は失火責任法所定の重過失に該当するものといわなければならない。

3  以上によれば、本件火災は、被告佐山又は川島のいずれかの重過失によって惹起されたと認めることができるが、被告佐山の重過失によって惹起されたものと断定することはできないから、被告佐山の不法行為責任を問うことはできないというべきである。

しかしながら、被告佐山は、被告製作所の取締役ではあったが、実際には職人として、椅子やソファーなどの張替作業等に従事していたというのであるから、被告製作所の被用者の地位にあったと認めることができるし、川島もまた被告製作所の従業員であって被用者の地位にあったと認めることができるから、本件火災が被告佐山又は川島のいずれの重過失によって発生したものかを断定しえないとしても、被告製作所は、いずれにしても同人らの使用者としての責任を免れないというべきであって、被告製作所は、原告及び米盛が本件火災によって被った損害をそれぞれ賠償する義務があるというべきである。

そして、〈証拠〉によれば、米盛は、被告製作所に対する損害賠償請求権をその後原告に譲渡したものと認めることができるから、結局、被告製作所は、原告に対し、後記のとおりの原告及び米盛が本件火災によって被った損害を賠償する義務があるということになる。

三  次に、原告は、被告らには本件賃貸建物の返還義務の履行不能に基づく原告の損害を賠償する責任があると主張するので、前記認定のとおりすでに不法行為に基づく損害賠償責任の肯定される被告製作所を除くその余の被告らにつきこの点について判断する。

1  原告が昭和五九年七月一日に被告共栄に対して本件賃貸建物を賃貸し、被告製作所及び被告佐山が原告の承諾を得て本件賃貸部分を転借したことは当事者間に争いがないから、被告らは、原告に対し、被告共栄は賃借人として、被告佐山は適法な転借人として、いずれも本件賃貸建物を善良なる管理者の注意をもって保管する義務を負担していると解されるところ、本件賃貸建物の焼失によって被告らの本件賃貸建物の返還が不可能になったことは当事者間に争いがない。

2  これに対して、被告らは、抗弁1として、本件火災は原因不明の不審火によるものであって、被告製作所及び被告佐山は本件賃貸建物の保管に当たって善良なる管理者としての注意を怠るところがなかったのであるから被告らには本件賃貸建物の返還債務の履行不能についての帰責事由は存しないと主張する。

しかしながら、本件火災が被告佐山ないし川島の重過失によって惹起されたと認めることができることは先に見たとおりであるところ、〈証拠〉によれば、川島は、取締役である被告佐山の下で、同人の手伝いをしながら同人とともに椅子やソファーなどの張替作業等に従事していたと認めることができるから、川島は被告佐山の本件賃貸建物の転借人としての債務の履行補助者であったというべきであり、したがって、川島の過失は被告佐山の過失と信義則上同視されることとなるから、いずれにしても本件火災は少なくとも被告佐山の過失に基づいて発生したものと解されることとなる。

したがって、被告らの右主張は理由がない。

3  また、被告共栄は、抗弁2として、原告の承諾を得て本件賃貸建物を被告製作所及び被告佐山に転貸したものであるところ、被告共栄には右転借人たる被告製作所及び被告佐山の選任・監督に何らの過失もなかったと主張する。

確かに、被告が主張するように、建物の賃借人が自らその建物を使用せず、さらにこれを第三者に転貸して使用させ、しかもこの点について賃貸人の承諾を得ている場合に、その賃借建物が右第三者の過失によって焼失したときは、賃借人としては、右第三者の選任・監督について過失がある場合にのみ賃貸人に対して右賃借建物の焼失による損害を賠償すべき義務を負担すると解すべきである。

しかしながら、前記認定のとおり、本件火災は少なくとも被告佐山の過失に基づいて発生したものと認められるところ、被告共栄代表者尋問の結果によれば、被告共栄は、被告製作所が本件賃貸建物を作業所として使用することを十分に知悉し、その具体的な作業内容や被告佐山が喫煙をすることまで知っていたにもかかわらず、特に火気への注意を喚起する等の措置も講じていなかったことを認めることができるから、被告共栄に被告佐山の選任・監督について何らの過失もなかったとは到底考えることはできず、他に被告共栄が被告佐山の監督義務を尽くしたと認めるに足る証拠は存しない。

したがって、被告共栄の右主張も理由がない。

4  以上の事実によれば、被告共栄及び被告佐山は、本件賃貸建物の返還義務の履行不能に基づく原告の損害を賠償する責任があるということになる。

四  更に、原告は、被告らの右の各損害賠償責任の範囲は、本件賃貸建物が焼失したことによって原告が被った損害のみならず、本件賃貸建物以外の本件建物全体及び本件類焼建物が焼失したことによって原告が被った損害をも含むと主張するので、この点について判断する。

不法行為あるいは債務不履行による損害賠償責任の範囲は、当該不法行為あるいは債務不履行との間に相当因果関係の認められる範囲内の損害に限られると解されるところ、本件賃貸建物が本件建物の一部であることは当事者間に争いがなく、これによれば、本件賃貸建物とそれ以外の本件建物部分とは構造上一体をなしていると認めることができるし、原告本人尋問の結果によれば、本件建物は木造の建物であったと認めることができるのであって、このような状況の下で本件賃貸建物から火を発すれば本件建物全体を焼失するに至ることは通常起こりうることであるから、被告らの前記の不法行為あるいは債務不履行の事実と本件建物全体の焼失という結果との間には相当因果関係が存在するものというべきであり、右被告らは、本件建物全体が焼失したことによって原告が被った損害をも賠償する責任を負うというべきである。

また、〈証拠〉によれば、本件建物と本件類焼建物とは別個の建物ではあるが、両建物はわずか〇・七メートルの距離をへだてて隣接しており、しかも本件建物の二階窓上部のひさし部分は本件類焼建物との間に隙間のない形で設けられており、また、原告本人尋問の結果によれば、本件類焼建物もまた木造の建物であったと認めることができるのであって、このような両建物の構造やその位置関係からして、本件賃貸建物から火を発すれば同じく原告が所有する本件類焼建物全体をも焼失するに至ることも通常の事態として当然に予想されるところであって、しかも、右被告らは、これらの事情を認識しうる状況にあったということができるから、右被告らは、本件類焼建物が焼失したことによって原告が被った損害をも賠償する責任を負うというべきである。

五  そこで、原告らが被った損害について判断する。

1  まず、原告が被った損害について見る。

(一)  原告は、本件火災によって、その所有する本件建物を焼失するに至ったが、〈証拠〉によれば、本件建物の本件火災当時の時価は、金一五六万六〇〇〇円であったことが認められるから、これをもって原告が本件建物を焼失したことによって被った損害というべきである。

なお、原告は、本件建物の残存期間中これを他に賃貸して得られる賃料相当額ないし本件建物を焼失当時の現状に復元するための建築工事費をもって本件建物焼失による損害とすべきである旨主張するが、そもそも、火災によって物件が焼失したこと自体に対する損害額は、焼失した物の焼失時の客観的な交換価格相当額たる時価がこれに該当するものであり、かつ、それに尽きるものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

(二)  次に、原告は、本件火災によって、その所有する本件類焼建物を焼失するに至ったが、〈証拠〉によれば、本件類焼建物の本件火災時の時価は、金一四四万三〇〇〇円であったことが認められるから、これをもって原告が本件類焼建物を焼失したことによって被った損害というべきである。

なお、原告は、本件類焼建物の使用料に相当する賃料額ないし本件類焼建物を焼失当時の現状に復元するための建築工事費をもって本件類焼建物焼失による損害とすべきであると主張するが、右主張を認めることができないことは先に判示したところと同様である。

また、原告は、本件類焼建物が焼失した当時、その一階店舗部分においてカメラのフィルムなどの販売等の営業を行って利益を得ていたとして、その得べかりし利益を損害として主張しており、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件類焼建物の一階店舗部分において写真の取次店を経営し、少なくとも月額金一五万円の収入を得ていたと認めることができるが、原告の主張するように右建物の残存期間全期間に対応する右の得べかりし収入が原告の損害になるものとするのは相当でなく、右の得べかりし収入のうち原告において右の営業のための店舗を新たに他で見つけるに通常必要と考えられる期間である三か月間に対応する部分のみが本件火災による原告の損害になるものと解するのが相当であるから、結局、金四五万円をもって原告の損害と認めるべきである。

(三)  次に、原告は、本件類焼建物内に存在した原告所有の別紙物件目録(四)一ないし七〇記載の各動産が焼失したことによる損害を請求している。

〈証拠〉によれば、原告は本件火災当時本件類焼建物に居住していたこと、原告の娘婿である米盛は本件建物の二階の一室を原告から賃借してこれを仕事場として使用していたこと、原告はその所有する動産の一部を米盛が賃借している右部屋に保管していたこと、以上の事実が認められるところ、〈証拠〉によれば、本件建物及び本件類焼建物内に存在した家財道具等の動産はいずれも本件火災によって焼失ないし著しく汚損し、使用不能となったものと認めることができるから、そのうち原告が所有していた動産の客観的な交換価格相当額をもって原告の損害額と認めるべきである。

そして、〈証拠〉には、本件建物及び本件類焼建物内には、原告所有の別紙物件目録(四)一ないし七〇記載の各動産が存在しており、これと同程度の新品の動産を現在調達するには金一六〇三万五〇〇〇円を要するとする部分が存する。

右各証拠は、いずれも火災後の原告及びその娘婿である米盛の記憶に基づくものにすぎず、他に客観的な裏付けのないものではあるが、本件火災によってその資料の全てを焼失したとみられる原告にこの点の証明のために右以上の証拠を求めることは難きを強いるものであるから、他にその真実性を疑わしめるに足る証拠の存しない本件においては、右程度の証拠をもって原告が右のとおりの程度の動産を所有していたものと認めるのが相当である。

もっとも、右動産の焼失等による損害額については、右の新品の動産を現在調達するに必要な額をもってその損害額とすることは相当ではなく、右証拠をそのまま採用することはできないというべきところ、〈証拠〉によれば、火災保険契約締結時の保険価額の評価に際しては、家財道具については新品の調達価格から相当割合を減価して計算する方法が一般にとられていると認められることを考慮して、右合計額から五割を控除した額、すなわち金八〇一万七五〇〇円をもって原告の被った損害額と認めるのが相当である。

(四)  次に、原告は、本件建物等が焼失したことによって被った精神的損害を慰謝するための慰謝料として合計金三〇〇万円を請求しているが、本件においては、原告が財産的損失の填補によっては回復できないほどの多大な精神的苦痛を受けたと認めるに足る証拠は存しないから、原告の被った損害に対する賠償としては財産的損失に対する賠償を認めれば足りるものというべきであり、したがって、原告の右主張は理由がない。

2  次に、米盛が被った損害について見る。

(一)  原告は、本件類焼建物内に存在した米盛所有の別紙物件目録(四)七一ないし一三五記載の各動産が焼失したことによる損害を請求している。

〈証拠〉によれば、米盛は、その家族とともに、本件類焼建物に原告と同居していたことが認められる。そして、本件類焼建物内に存在した家財道具等の動産はいずれも本件火災によって焼失ないし著しく汚損し、使用不能となったものと認めることができることは先に判示したとおりであるから、そのうち米盛が所有していた動産の客観的な交換価格相当額をもって米盛の損害額とすべきところ、〈証拠〉には、本件類焼建物内には米盛所有の別紙物件目録(四)七一ないし一三五記載の各動産が存在しており、これと同程度の新品の動産を現在調達するには金七三〇万一五〇〇円を要するとする部分が存するから、これによって米盛が右のとおりの程度の動産を所有していたものと認めるのが相当であるものの、その損害額については、これをそのまま採用することはできず、右合計額から五割を控除した額、すなわち金三六五万七五〇円をもって原告の被った損害額と認めるのが相当であることは先に判示したところと同様である。

(二)  次に、原告は、米盛が被った精神的損害に対する精神的損害を慰謝するための慰謝料として合計金二〇〇万円を請求しているが、これを認めるのが相当でないことは先に判示したところと同様である。

3  更に、原告ないし米盛が被った損害について見るに、原告は、本件建物内に存在した原告もしくは米盛所有の別紙物件目録(四)一三六ないし一四八記載の各動産が焼失したことによる損害を請求している。

米盛が本件建物の二階の一室を原告から賃借してこれを仕事場として使用していたこと、本件建物内に存在した家財道具等の動産はいずれも本件火災によって焼失ないし著しく汚損し使用不能となったことは先に判示したとおりであるから、そのうち原告ないし米盛が所有していた動産の客観的な交換価格相当額をもって同人らの損害額とすべきところ、〈証拠〉には、本件建物内には、同人ら所有の別紙物件目録(四)一三六ないし一四八記載の各動産が存在しており、これと同程度の新品の動産を現在調達するには金七八万六〇〇〇円を要するとする部分が存するから、これによって同人らが右のとおりの程度の動産を所有していたものと認めるのが相当である(なお、これらの動産が原告と米盛のいずれの所有に属するものであるかという点についてはこれを断定するに足る証拠は存しない。)ものの、その損害額については、これをそのまま採用することはできず、右合計額から五割を控除した額、すなわち金三九万三〇〇〇円をもって原告ないし米盛の被った損害額と認めるのが相当であることは先に判示したのと同様である。

なお、右の損害は、原告ないし米盛が被った損害であるが、右部屋は主として米盛が仕事場として使用していたこと等を考慮すれば、その一割に相当する金三万九三〇〇円が原告の被った損害額に当たるものと解するのが相当である。

六  以上の事実によれば、被告製作所は、不法行為による損害賠償責任に基づいて、原告に対し、原告及び米盛が被った損害合計金一五五二万二五〇円(前記五1(一)ないし(三)、同2(一)及び同3において認定した額を合計したもの)を賠償すべき義務を負い、その余の被告らは、債務不履行による損害賠償責任に基づいて、原告に対し、原告が被った損害合計金一一五一万五八〇〇円(前記五1(一)ないし(三)及び同3において認定した額を合計したもの)を賠償すべき義務を負い、被告らの右債務は不真正連帯債務の関係に立つというべきである。

よって、原告の被告らに対する本訴請求は、被告共栄及び被告佐山に対しては金一一五一万五八〇〇円、被告製作所に対しては金一五五二万二五〇円及びそれぞれ右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 福田剛久 裁判官 土田昭彦)

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